No.04

Domaine ICHI

弛まぬ探究心で実現した
日本初のJAS有機認証ワイナリー

蛇行を繰り返しながら、仁木町の中心部を流れる余市川は、長い年月をかけて、果樹栽培適した扇状地を形づくってきた。仁木町の余市川沿いの扇状地は、特に右岸に広範囲に広がっている。そこでは、明治の頃から果樹栽培が手掛けられており、今もプルーン、ベリー類、サクランボ、ブドウなどの栽培が盛んだ。

上田一郎さんが、2008年に仁木町初のワイナリー、ベリーベリーファーム&ワイナリー仁木を立ち上げたのも、右岸の東町だった。当初はキャンベルアーリーやナイアガラといったアメリカ原産の品種のみでワインを造っていたが、11年からはピノ・ノワールなどヨーロッパ原産のブドウも植えて、それでワインを造るようになった。そしてこのワイナリーが手狭になったため、12年後の20年、もう少し高台を上がったところに、ドメーヌイチを設立した。
「最初のワイナリーは、民家のガレージを改造して造りました。ベリーベリーファームと名付けたのは、当時は日本でも最も大きなブルーベリー農園を営んでおり、多くのベリー類を育てていたからです」と上田さんは語る。
現在のワイナリーは、東町の元サクランボ畑だった小高い丘に立っている。ワイナリーからは、余市湾と余市のシンボルとも言える、「シリバ岬」が一望できる。

ドメーヌイチで注目したいのが環境に配慮した有機農業(オーガニック農業)への取り組みだ。有機農業が普及していない日本では、有機JAS認証を受けてブドウ栽培をしている生産者は全国でも10軒前後。これがワイナリーになると、その数はさらに減少し、今でも2、3軒にしかない。ワイナリーでは、08年の時点で、生食用ブドウの畑で有機認証をとっていた。さらに11年にはワイナリーとしても、日本で初めて有機認証を取得(日本では有機認証は、畑と醸造所で分かれている)している。
「08年時点では、醸造を教えてくれるような学校も皆無。お隣の余市町にさえ、ワイナリーは1軒のみでした。その後、近隣に、ドメーヌ・タカヒコさんなど野生酵母でワインを造る造り手たちが増えてきたのを知りました。うちの畑ではブドウは有機栽培で育てていたので、醸造もより自然な方法でワインを造りたいと思うようになりました」。そして、2018年からは野生酵母での発酵で亜硫酸を極力減らす造りに切り替えた。
町内の10カ所に点在している自社農園では、ワイン用ブドウに加えて、昔からこの地域で栽培されてきた生食用ブドウも手がけており、前者が2.5ヘクタール、後者が5ヘクタール。他に、サクランボとプルーンも育てている。

現在ワイナリーでは、10アイテムほどのワインを造っている。ヨーロッパ原産のブドウでは、多い順にピノ・ノワール、ピノ・グリ、ゲヴュルツトラミネール。食用品種はナイアガラとポートランドになる。他に日本で交配された品種、ヤマソービニオンも栽培している。白ワインと赤ワインの比率は8対2で白が多い。

上田さんのワインのバリエーションは実に多彩。これらのワインはICHIシリーズ、蝦夷泡シリーズ、Natural Xの3つのシリーズに分かれている。ICHIシリーズはヨーロッパ原産の品種で造られたワイン、蝦夷泡シリーズは、生食用ブドウであるナイアガラとポートランドで造った微発泡。そしてNatural Xは、発泡酒を除く、ヨーロッパ原産品以外の品種で造られたワインになる。ワインの原料は自社のブドウのみならず、一部、ブドウも購入している。

上田さんは、通常のスティルワインだけでなく、さまざまな造りにも挑戦している。その一つ、ブラン・ド・ノワールは、黒ブドウであるピノ・ノワールを、果汁のみを発酵させるという、まるで白ワインのような造り。仕上がったワインは、琥珀色で、後味の果実味と酸のバランスが絶妙で、旨みたっぷり。通常の赤ワインにも白ワインにもない、唯一無二の魅力を持っている。現在の生産量は、年間15,000本で、将来はこの2倍の30,000本を目指している。

ワイナリーを立ち上げた後も、自らブドウを育て、ワインを造っている上田さんは、かつてはIT企業に勤めていた。それが奥様の影響で、「夫婦2人で有機農業の農家になろう」と一大決心、1999年には、会社を辞めて、仁木町で果樹を育てることを始めた。その後、ブルーベリーの観光農園も拓き、国内最大の農園になるまで拡大を成し遂げた。当時、育てていた生食用ブドウについては、大手ワイン会社に販売していたが、そのブドウで造られたワインを飲む機会があり、自分が育てたブドウがワインになることを実感、ならば自分自身でやってみようと思い立ったという。上田さん、35歳の時だ。
「364日は農家」だという上田さんだが、化学合成農薬を使わない農業を実現するのはそう簡単ではなかった。
「自然に近い形で栽培にしようと、初めの1、2年に無農薬で栽培したところ、ブドウの葉っぱが病気になり、全部落ちてしまうといった失敗もしました」と語る。

今は、農薬を撒かずとも病気にならないように、ブドウを取り巻く環境をつぶさに観察するようになった。気象観測ポストを数カ所に設置して、気温、雨の量、葉っぱの濡れ方など、ブドウの成長や病害に影響しそうな天候の様子を常に観察している。
そんな上田さんの目指すワインは、北海道の冷涼な気候を生かしたワイン。
「繊細さとシャープさを持ち合わせた、北海道でしかできないワインを造りたいと思っています」。と上田さんは語る。

フラッグシップワイン

銘柄

Blanc De Noir2020

ぶどう品種

ピノ・ノワール100%

じっくり味わいたい
深みと複雑さ

杏色。質感はとろりとしていて、果実味、酸、渋味が絶妙なバランスで味わい深い。甘酸っぱく感じられる余韻にじわりとした旨み。フレッシュさと飲みごたえを持ち合わせる。有機栽培栽培相当で育てたブドウが原料。

ワイナリー情報

設立年 : 2020年

年間生産量 : 約15,000本

自社畑面積 : 7.5ha

栽培品種 : ナイアガラ、ポートランド、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ゲヴュルツトラミネール、ヤマソービニオンほか

代表的なワイン : 蝦夷泡

住所 : 北海道余市郡仁木町東町16-118

お問い合わせ : 0135-32-3020

WEB

鹿取 みゆき

[ フード&ワインジャーナリスト、(一社)日本ワインブドウ栽培協会代表理事、信州大学特任教授 ]

『日本ワインガイド 純国産ワイナリーと造り手』(虹有社)、『日本ワイン99』(プレジデント社・共著)などワインに関する著書多数。全国のワイン生産者やワインブドウ栽培者の現場を取材し、ワインと食と農業をテーマの講演も多い。人呼んで“日本ワインの母”。
仁木町では、2020年よりアドバイザーに就任。仁木町民に対してはワインに関する知識を広めること、生産者に対しては最新の知見の共有を通じて、事業の定着化やコミュニティーの育成を通じたワイン文化の育むことに取り組んできた。